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泥にもアメリカ人にもなれず。

こんにちわ。

毎日今までよりも+3時間ぐらい眠っているので、起きた時に頭が痛くなっています、ユウキです。

 

住所確定無職

11日付けで今の仕事を辞め、晴れて無職になったのです。

僕としては辞める前から「目の前の空白に耐えられるのか」と少し不安に思っていたのですが、案の定完璧にグダグダ出来るわけでもなく、かといって以前ほどキッチリした生活をしてるわけでもない、物凄く中途半端な生活を送っています。

 

泥のように眠って、夕方に起きて、酒を飲みに外へ出て、真夜中に眠る。

もしくは

アメリカ人のように朝から肉を食べ、体を鍛え、勉強をし、プラス思考で行動し、夜早く眠る。

泥とアメリカ人。どっちつかずの毎日。

 

本を読もう

お昼頃に目を覚まして、付けっ放しのラジオから『大沢悠里のゆうゆうワイド』が流れている。うつらうつら聞いていたら1時から『たまむすび』が始まって、焦ってお昼ご飯を作って流し込む。

こりゃまずい。何からリズムを直せばいいのか。

放っておけば引っ越しの日が来てきっと嫌でも元に戻るんだろうけども、そこは僕の凡人的な焦りがあるので出来れば早く直しておきたい。

 

ということで本を買ったりしてます。

 

マリ&フィフィの虐殺ソングブック (河出文庫―文芸コレクション)
 

大学時代に、一緒にグダグダと「俺はでかくなりたい」みたいなことを言っていた友達が、その頃勧めてくれた一冊を思い出した。

普段の日常風景が広がっているのに、急に「コント」というにはグロテスク過ぎる展開がポンポンと起きてくる小説集。「いつ何が起きるんや」とハラハラしながら読むのがクセになります。

 

今日も今から古本屋へ。ビバモラトリアム。 

人と比べてもどーしょーもないって思った日。

こんばんわ。

シンクの角で卵を割ったら、中身がそのまま排水溝に吸い込まれたユウキです。今朝の出来事でした。

 

こってりスープに混じるため息。 

10月1日。僕は元町駅近くの天下一品へ向かっていた。

行列は例年通りとんでもない事になっている。先に並んでおいてくれた友達を見つける。その友達との縁は、大学時代の就活で同じ会社を受けた時だった。帰りの電車でお互いにバイクが好きな事がきっかけでそのまま大阪の南海部品本店へ案内した。

その後、お互いに別々の場所に就職して、たまたまお互いに神戸だったこともあって数か月に1回話したりしている。

 

僕は社員が数名の零細企業に入り、友達は誰に聞いてもわかる大企業に入った。

久しぶりの再開の中でTOEICの話になった。「そういえば『会社で受けさせられてる』と言ってたな」と思いだした。彼は「いや、思ったり取れへんかった」と言っていたが余裕で僕の最高点を超えていた。「ぎょえ」っと思ったが冷静を装ってこってりラーメンを食べた。

 

聞いてみると、友達の会社では業務の中で「英語の勉強」が組み込まれていて、会社のお金でTOEIC用の対策授業やネイティブの講師との会話をする事が出来たらしい。

一方僕も朝と夜に勉強を続けている。といっても内容は家で市販のテキストぐらい。同じ時間でも、部屋でシコシコと腕立て伏せで体を鍛えるのと、ジムに通ってコーチを付けて効率よくムキムキになるような違いがあるような気がした。

 

少しの悲しさと、頭の中に「不条理」なんて言葉が思い浮かんだ。

 

他の人を羨む時間なんて。

でも、よく考えると一体僕は何に悔しくなっていたのだろうか。

自分よりも「良い環境」を見上げれば何だか悔しくなるし、「悪い環境」を覗いて優越感を持ってもむなしくなる。上も下もキリが無い。

 

そもそも「良い」とか「悪い」っていうのは自分が勝手に判断しているだけだ。

 

給料は高いけれど、会うとずっと「どれだけ仕事が嫌か」を話す人もいる。

給料は低いけれど、ストレスが少ない仕事で笑顔が素敵な人もいる。

結局、他の人のことなんて実際にはあんまりわからない。

 

だから。

「自分が比べる相手」っていうのは誰かと言えば、それは自分しかいない。

昨日の自分よりも少しだけ何かが出来るようになっていく。その繰り返しを続ける事が一番大切じゃないのか。

 

隣ではぐんぐん成長していく人間がいる。置いていかれる。差は開いていくばかりだ。「あの人は才能があったから」みたいな言い訳があちらこちらに転がっている。不条理と言えばそうなるかもしれない。でも、それがどうした。僕は昨日よりも大きくなった。あなたはどうだろう。

 

友がみな我よりえらく見える日は (幻冬舎アウトロー文庫)

友がみな我よりえらく見える日は (幻冬舎アウトロー文庫)

 

 

1年半ラジオだけ生活をしていて付いたクセ。

こんばんわ。

今日電車に乗っていたら、目の前の人に「今日、クライマックスシリーズっすね…」と声をかけられて反応する前にそのまま駅に降りて行かれたユウキです。さっき調べたんですが、クライマックスシリーズは10日からっす…。

 

「ながらメディア」を愛した結果ついたクセ。

 

去年の4月に神戸へ引っ越してきて、何だかんだで1年半ほど経ったのです。この1年半、部屋にはPS2用の地デジ非対応テレビが一台でゲーム以外には使わず。その代わり僕が外部の情報を得るのはもっぱらラジオなのです。

 

基本的に家に居る間はスマホアプリの「radiko」をスピーカーから一日中流しています。もともとラジオは小学生頃に親父のバカでかい受信機を自分の部屋に持ち込んだのがきっかけで、その頃はFMばかり聞いていました。というのもAMラジオの甲高いノイズがどうしても気になってしまうので聞き続けることが出来なかったのです。

しかしradikoのお陰でノイズフリーにAMラジオが聴けるようになり、今では僕のAM:FM比率は9:1ぐらいになりました。

 

寝る間も掛けっ放しにして寝ているので朝は大抵『生島ヒロシのおはよう一直線』の声で起こされ、『荻上チキ session22』の声で眠っています。ほぼTBSラジオです。

 

よく「テレビが無い」と言うと「信じられん」という顔をされ、その次に「何してるの?」と言われます。

ラジオを聴いている間、何をしているのだろうか。よく考えてみるとあまり意識していませんでした。

今こうやってPCに文字をシコシコ打ち込んでいる間も、ご飯を食べてる間も「聞いている」と言われれば聞いているのです。もっというとシャワーに入っている間もスマホをタオルにくるんで流れていますし、仕事終わりにスーパーへ行く時も耳でニュースを聴いていたりします。

となると「何をしているのか」と聞かれると「何でもしてる」と答えるのが一番なのかなと思ったりしています。

 

その影響なのか、たまに実家に帰ると家族で一つのテレビを眺めていると、なんだか以前よりもどっしりと腰を落ち着けて見る事ができなくなっている気がするのです。自分が風呂に入りたいのにテレビが良い感じに面白いと「俺は動きたいのに!」とイライラするような。よくいえば行動が早い。逆にいうなら落ち着きがなくなってきているようになった気がします。それがいいのか悪いのか。彼女には「もっとゆっくりしろ!」と怒られています。

 

スマホ一台あればいいー生きているからラッキーだー!

結局1年半でラジオオンリー生活はピリオドが打たれようとしているのですが、実家に帰っても部屋ではラジオが流れ続けるんでしょうね。

YATTA! YATTA!

 

YATTA!

YATTA!